もうすぐ桜色に染まる苦楽園の街角に佇む、蜂蜜専門店「はちみのや」。
お洒落な雑貨屋さんのような外観に誘われて一歩入れば、
ずらりと並ぶ蜂蜜のきれいな色に、しばしうっとり。
店主・田中実里さんが案内する、奥深い蜂蜜の世界へようこそ。
神戸マルシェ・店主インタビュー
第3回 はちみのや 店主 田中 実里さん
出発点は「ミラクルハニー」との出会い
2002年10月に「はちみのや」を開業する前は、旅行業界で働いていました。
ランドオペレーターという、日本の旅行社と海外のホテルなどの橋渡しをする仕事で、
主にアフリカ・オセアニアを担当して、海外を飛び回る毎日。
そんな私に、商売をしている父は「この先日本では、天然の食べ物が貴重になる」と言い、
1種類の食品に特化した店、中でも女性らしい「蜂蜜」を扱う店をするよう勧めてました。
そう言われても、旅行の仕事が面白かったので、蜂蜜店を立ち上げるかどうか、
決めかねていた2000年頃のある日、運命の出会いが訪れたんです。
それは、ニュージーランド政府観光局の新聞で目にした「マヌカハニー」!
マヌカハニーとは、ニュージーランド固有のお茶の木から採れる蜂蜜で、
その葉は、擦り傷や火傷を治す薬草として珍重されてきた食品です。
記事を見た途端とても気になって、どうしても食べてみたい!と思ったのですが、
まだ日本ではほとんど輸入されていない蜂蜜で、どこにもありません。
そこで、明治屋にその記事の切り抜きを持って頼み込み、
軽井沢で輸入している人から仕入れてもらったんです。
ついにマヌカハニーを手に入れ、一口食べて衝撃が走りました。
薬効などはともかく、味がものすごく気に入ったんです。
こんなことを言うと驚かれるかもしれませんが、私は元々蜂蜜が好きだったわけではなく、
どちらかというとあの甘ったるさが苦手だったんですけど、考えが180度変わりました!
「なんて美味しいんだろう…」と。
このとき「マヌカハニーを輸入して日本に紹介したい」と強く思い、
仕事を辞めて蜂蜜店を開業しようと心を決めました。
つまり、マヌカハニーとの出会いが「はちみのや」の原点なんです。
決めたら即行動です。
すぐに現地でマヌカハニーを生産している人に連絡を取りました。
「マヌカはミラクルハニーだ!これを日本に紹介したい」と熱いFAXを送り、
直ぐに現地の工場見学に飛びました。
ニュージーランドでは、たくさんのメーカーが
マヌカ蜂蜜を販売していることを知り、片っ端から食べ比べました。
結果、自分の一番気に入ったものは、地元のメーカーのものだったので、
これを輸入すると決め、開業に向けた準備を一気に始めました。
国産の蜂蜜を求めて、西へ東へ
最初はマヌカハニーだけを扱うつもりでしたが、採算やバリエーションを考えて、
国産の蜂蜜を探してみることにしました。
当時は、花の種類(蜜源)によって味が違うことも知らないほどの素人でしたし、
それこそ、ちゃんとした蜂蜜を採っている人かどうかなんて、全く分からない。
「美味しい蜂蜜を集めたい」という情熱だけで動いていました。
雑誌で「静岡にみかんの蜂蜜がある」と見かければ、
すぐに「卸していませんか?」と訪ねたり、
養蜂家を訪ねて、北海道を1日で600km車で走ったこともあります。
れんげの蜂蜜を求めて行った鹿児島では、
タウンページで養蜂家を探して、会ってくれる人には全員会いました。
最初は「純粋な蜂蜜」という味が、なかなか掴めませんでしたが、
そんな私に、その基準を教えてくれた養蜂家が二人います。
まず、鹿児島県の蓮子さんとの出会い。
蓮子さんが採ったあかしあ蜂蜜は、今までの蜂蜜とは別次元の味で、
喉に引っかからず、気持ちよく抜けていく。まさに純粋というほかない味でした。
もう一人は、同じく鹿児島県の谷井さんのれんげ蜜。
嫌な匂いのない、澄み切った味でした。
れんげ蜂蜜の匂いが臭くて蜂蜜が好きになれなかった私にとって、本当に驚きでした。
この方のれんげ蜂蜜は今も店頭に並んでいます。
こうして、いい蜂蜜を食べ重ねることで、舌が磨かれ、勘が冴えていきました。
だまされることも少なくなり、蜂蜜を食べればその養蜂家の腕がどの程度のものか、
真面目に蜂蜜と向かい合っているかが、分かるようになっていました。
今は、そんな形でお付き合いする養蜂家さんは15〜16人ほどになりました。
この業界は、養蜂家も含めて完全に男性社会ですし、60〜80代の人が多いので、
30代の女性だった私にとって、とても入りにくい世界だったことは確かです。
でも、逆に「みのりちゃんが来るなら!」と言って、助けてくれた養蜂家さんも数知れず。
「大丈夫?」と娘を気遣う親みたいな感覚になってくれているのかもしれませんね。
お店に並んでいる蜂蜜は、そんな人と人とのつながりでいただいている蜂蜜なので、
どれも愛しく、一つ一つに思い入れがあります。
「養蜂家」という匠たち
「養蜂家」というのは、飼っている蜂が集めてきた蜂蜜を取る仕事なんですが、
具体的にはどんな仕事なのか、想像つかない方が多いのではないでしょうか?
日本ではもともと大半の養蜂家が「転地養蜂」という手法を取っていました。
蜂の巣箱を100〜200箱ほど10トントラックに積んで、全国を旅して蜜を集めます。
土地を転々として養蜂するので「転地養蜂」です。
生活の拠点を鹿児島に置き、蜂を越冬させた後、
花が南から咲いていくのと歩みを合わせて、蜂を連れて北上していくんです。
まずは、鹿児島でれんげを採って、静岡でみかん、青森であかしあ、
北海道でクローバーというように。そして秋になったら、また鹿児島に帰ります。
現在は自然の減少、養蜂家の高齢化が進み、地元だけで採る養蜂家が増えてきました。
蜂が花の蜜を集めて、巣箱に帰ってきた直後は、水のようにサラサラ。
それが、巣箱の中で働いている蜂の羽根の羽ばたきによって水分が乾かされ、
だんだんとねっとりとした甘い蜂蜜に濃縮されていきます。
集めてきた花蜜が最高の糖度と粘度になるタイミングを見極める眼力こそ、養蜂家の腕。
気温、天気、湿度、天候にも左右され、微妙な判断が求められます。
この採蜜のベストタイミングを見極められるかどうかが、
いい養蜂家かどうかの一つの判断基準です。
見分け方はその人の考え方一つなので、奥深い世界なんですよ。
そんな職人肌の養蜂家とのお付き合いは、確かに一筋縄ではいかない面もあります。
初対面では決して卸してくれなかったり、こちらの情熱を測られたり。
でも、それはそれだけ、養蜂家が蜂蜜を大切に考えている証でもあるので、
惚れ込んだ蜂蜜の養蜂家には、一度で諦めず何回も何回も足を運んでいます。
シークヮーサー蜂蜜を仕入れている沖縄の養蜂家さんのもとには、
6年越しで通った関係が実り、去年初めて店頭に並べることができました。
その方から、今春新しい蜜を分けてもらいます。
それは、沖縄でよく食べられる「苦菜(ニガナ)」という植物から採れる蜂蜜。
なんと、口に含むと後味が苦い!
“苦い蜂蜜”なんて、初体験でしょ(笑)?
甘ったるさがなく、スーッとしたハッカのような味が通り抜け、後口はキリッと。
気になる方は、ぜひ店頭でご覧ください♪
「ミエル・ピュール」の誕生

オープン当初から、蜂蜜を閉じこめたチョコレートを作りたいという夢がありました。
でもパティシエに相談すると、大抵が「ミルクチョコレートに蜂蜜を練り込んで、
ガナッシュにすることはできるけど、蜂蜜をトロッとさせるのは難しい」という答え。
ところが、「できる」と言うパティシエが現れました。
ご近所のミッシェルバッハ・須波さんです。
たまたま、本店移転オープン記念の蜂蜜クッキー作りを頼みに行った時でした。
お店のガラスケースに、キャラメルが中から出てくるチョコレートが並んでいたんです。
「この中身を蜂蜜にできないでしょうか?」と相談すると、
須波さんは快諾してくださり、何度か試行錯誤を繰り返した末に、
ついに去年2月「ミエル・ピュール」が完成!
チョコレートの中からとろっと蜂蜜が出てきて、幸せな気持ちになるお菓子です。
素人の考えでは、甘い蜂蜜を中に閉じこめるのだから、
苦いチョコレートの方がバランスが取れると思いますが、
須波さんは、ビターチョコではなくて、あえて口溶けのいいミルクチョコを採用。
何種類もブレンドするなど、そのバランスに細やかなこだわりが隠されてるんです。
当初は非売品のつもりでしたが、お客様の声で定番化することになりました。
季節によって中に入れる蜜を変えているので、食べ比べてみるのも楽しいですよ。
淡い味の蜜がメインでしたが、去年の秋に作ったくり蜜のチョコも意外に好評。
はぜ、菩提樹など、相性を探しながら須波さんも楽しまれているみたいです。
これからは、蜂蜜の可能性を広げるこんな食べ方を提案したり、
去年から取り組んでいる、季節の果物を蜂蜜とオーガニックシュガーだけで炊き込む
蜂蜜ジャム「ハニーソース」を充実させるほか、
梅酒の季節には「梅の実」、風邪の季節には「しょうが」など、
蜂蜜を使う料理の材料を扱ったり、色んな方法でお客さまに喜んでもらいたいですね。
いつかはカフェもやってみたいな・・・なんて、夢はまだまだ広がっています。
【田中店主が選ぶ、私の店の3品】
・ずっと売れてる定番商品
「れんげ」「あかしあ」
色がとてもきれい。あかしあは、他の花の蜜が混ざると黄色くなるが、
透明に近いのはあかしあ蜜の含有量が多いからだとか。
れんげは一般的な蜂蜜だったが、
今は害虫被害などによって貴重な蜂蜜になっているのだとか。
・マニアが喜ぶレアアイテム
「くり」「菩提樹」
くりは、コクとほのかな苦みがある個性的な味。国産が希少なことでも有名。
菩提樹は、普通はあまり出回らない蜜で、スーッとした味が特徴なんです。
・個人的に気に入ってる隠れたおすすめ商品
「一期一味」
日本みつばちが集めた、とても貴重な蜜。
日本みつばちは西洋みつばちに比べて体が小さく、
西洋みつばちが集められないような小さな花の蜜を集めてくる。
1年に1回しか採蜜できず、1年間たまっているのに、信じられないほど透明感のある味。
口溶けが全く違って、別次元といった感じ。
甘すぎず上品。ちょっと酸味があり、花の香りが口いっぱいに広がる。
田中さんにとっては、西洋みつばちの蜜を知る前に、
雑誌で静岡河津に珍しい蜂蜜があると聞いて、最初に訪ねた思い出深い蜜でもあるそう。
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取材・文/西川有希